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第4話 白い結婚の条件

ผู้เขียน: 夢見叶
last update ปรับปรุงล่าสุด: 2026-01-24 20:06:16

 王宮の謁見の間は、いつ来ても息が詰まる。

 高い天井、真っ赤な絨毯、壁の紋章旗。大神殿の静けさとは違い、ここは「見せるための豪華さ」で満ちていた。

 その絨毯の先端、玉座から数歩の位置に、私は立っている。聖女衣装の上に白いマント。

「そのままで、聖女様」

「ありがとうございます」

 微笑んで礼を言いながら、こっそり深呼吸をする。

 陛下への拝謁は仕事で何度も経験している。けれど今日は、「私個人の婚約」の話題だ。

「グスタフ陛下、ご入場」

 侍従の声と共に扉が開き、王と王妃、王太子レオン殿下が入ってくる。

「頭をお上げなさい、聖女リディア」

 穏やかな声に促され、私は顔を上げる。

「聖女リディア」

 玉座に腰掛けたグスタフ陛下が、よく通る声で言った。

「そなたが神殿と国のために尽くしてきた働き、我は高く評価している。今日ここに、そなたと我が子レオンの婚約を、皆の前で宣言できることを嬉しく思う」

 左右に並ぶ貴族たちが、ざわりとどよめく。

「聖女と王太子の結婚は、アルシオン王国と公正契約大神殿との絆を、いよいよ確かなものとするだろう」

 その言葉の中に、「私」という一人の人間の居場所はない。

 国と神殿。その間をつなぐ部品としての「聖女」だけが、そこにいた。

(……分かってはいたけれど)

 胸の奥でそうつぶやきながら、私は頭を下げる。

 玉座の隣から、王妃が一歩前へ出た。

「皆さま、どうか安心なさって」

 澄んだ声が、謁見の間いっぱいに広がった。

「これは情熱の炎ではなく、白い結婚でございますの」

 白い結婚。その言葉に、私は思わずまばたきをする。

「恋の熱に振り回されることなく、お互いの役目と責任を尊重し合う、清らかで落ち着いた結びつき。国と神殿のために、ふさわしい形だと考えております」

 あちこちから、小さな安堵のため息が漏れた。

「まあ、白い結婚ですって」

「熱ではなく献身の結婚なのね」

 白い、という言葉は、たしかに聞こえがいい。余計な色が混じらない、落ち着いた色。

(そういう言い方も、あるのね)

 私は、ひとまずそう受け入れる。

 ふと視線を横に滑らせると、王族席から少し離れた椅子に、年の近そうな侯爵令嬢が座っていた。視線の先は、まっすぐレオン殿下だ。

 ささやき声が耳に入る。

「あの子が、王太子殿下のお心を射止めた侯爵令嬢でしょう?」

「でも殿下は国のために、聖女様との白い結婚を選ばれたのよ」

「本当に、おいたわしいわ」

 白い結婚。

 さっきまで「清らか」と結びついていたその言葉が、「本命が別にいる結婚」という意味を帯びて沈んでいく。

(白いって、感情を薄める色? それとも、最初から空っぽという意味?)

 胸の奥が、きゅっと縮んだ。

 儀式が終わると、私はレオン殿下と共に、文官たちに案内されて別室へ移動した。

 王宮の一角にある「契約確認室」。壁一面に契約書の背表紙が並び、中央のテーブルの上には、王家の紋章入りの羊皮紙の束が置かれている。

 祈りではなく、条文が中心の儀式の場だ。

(恋愛結婚は誓いのキスで終わるらしいけれど、政略結婚は契約書の読み合わせから始まるのね)

 そんなことを思いながら、私は椅子に腰を下ろした。

「それでは、婚約契約の確認に移ります」

 文官が一礼し、上の紙をめくる。レオン殿下と私は、テーブルを挟んで向かい合って座っていた。

「第1条。両名は互いの名誉を守り、その立場を損なう言動を慎むこと」

 耳ざわりの良い言葉だ。

「第2条。聖女リディアは、王国および大神殿の利益のため、その祝福を最優先に用いること」

「第3条。王太子レオンは、聖女の権威を損なわぬよう、その行動に配慮すること」

 祝福を最優先。配慮。

 紙の上では対等に並んでいるようでも、現場を知る目で見れば、どちらにどれだけ負担がかかるかは明らかだった。

(私が最優先で尽くす条文は、山ほどあるのに)

(私を休ませる条文は、ひとつもない)

 脳裏に加護タグのイメージが浮かぶ。第2条の部分だけが、濃く重く光っている。

 休息。安全。拒否。

 そのあたりに結びつくタグは、薄く霞んだままだ。

(……聖女としては、これくらい当然、なのよね)

 自分に言い聞かせるように、私は膝の上で指を組み直した。

「条文について、ご質問、ご不明点はありますか」

 一通り読み上げを終えると、文官が顔を上げる。

 レオン殿下が、先に口を開いた。

「特にない。形式通りで構わない」

 神殿との会議でも、彼がよく口にしていた言葉だ。

 私はそれにならって、首を横に振る。

「私からも、ありません」

 本当は山ほどある。けれどそれは、「聖女として」ではなく「私個人」としての不満で、ここで口にしていいものではない。

「では最後に、両名の署名をお願いいたします」

 文官がペンを差し出し、羊皮紙をこちら側へ回してくる。

 レオン殿下が先にペンを取り、自分の名を迷いなく書き入れた。墨の線が走るごとに、契約書の上に淡い光が浮かぶ。

 次は、私。

 深く息を吸い込み、「リディア」の文字を、定められた欄にゆっくり書き込む。ペン先が紙を滑るたび、私の祝福と王家の紋章が、細い線で結ばれていくような感覚があった。

(これで、私は正式に王太子の婚約者)

 そう思った瞬間、頭の奥に、聞き慣れた女神の声が響く。

《……形式通りですが、かなり片務的な契約ですね》

 女神の敬語ボイスはいつも通り穏やかだが、内容だけは容赦がない。

《聖女側の利益条項が、ほぼ皆無です》

(今さら言わないでください)

 私は心の中で苦笑した。

(大丈夫です。これは、国のための結婚ですから)

 自分で思っていたよりも、きっぱりと言い切ってしまう。

《そうですか》

 女神が、ほんの少しだけため息を混ぜた気がした。

《では、ログはきちんと保存しておきますね。三年後に、必要になるかもしれませんから》

 必要。

 その言葉に、私は首をかしげる。

(三年後も、私はきっとここで働いている。王太子妃として、聖女として。この契約を守り続けている。それを証明するための記録、という意味よね)

 自分で自分を納得させるようにそう結論づけ、私は心の中で小さく頭を下げた。

(お願いします、女神様)

 署名が終わり、文官が契約書を抱えて下がる。

「これをもちまして、両名の婚約は正式なものとなりました」

 その言葉に合わせるように、加護タグの光が、私とレオン殿下の間をするりとつなぐ。

「リディア」

 椅子から立ち上がったレオン殿下が、まっすぐこちらを見る。

「はい、殿下」

「先ほどの王妃の言葉の通り、これは白い結婚だ」

 彼は、丁寧で誠実な声音で続ける。

「私は、君を妻として愛することはできないかもしれない。だが、聖女としての役割と立場は、尊重するつもりだ」

 前の世界で、上司に言われた「個人の感情はともかく、働きぶりは評価している」という台詞を思い出す。

「君の祝福がなければ、この国は立たない。だからこそ、君の働きを邪魔するつもりはない」

 それはつまり、「ずっと働き続けてほしい」という意味だ。

 休めとは言われていない。守るとも言われていない。

 けれど、責められているわけでもない。

「……ありがとうございます」

 私は、聖女としての微笑みを崩さずに返した。

「私も、国と神殿、そして殿下のために、できる限りの役割を果たします」

 それが、今の私にできる、最も無難で安全な返事だった。

(仕事として割り切れば、きっとやっていける)

《本当に、それでよろしいのですか》

 部屋を出る直前、女神の声がもう一度問いかけてきた。

(今は、これが一番、丸く収まる形です)

 私は心の中で静かにうなずく。

(私の気持ちより、国の契約の方が重たい。そう教えられてきましたから)

《では、その考えも一緒に記録しておきましょう》

 女神の羽ペンが紙をなぞるような、さらさらという気配がした。

 契約確認室を出て、王宮の回廊を歩く。窓の外には、川の向こうにそびえる大神殿の尖塔が見えていた。

(私の婚約も、あそこで扱う数多い契約のひとつ)

 国のための契約。

 私は、それを守るために三年を差し出すと決める。

 このときの私は、「必要になる」の意味を、まだ国のためとしか結びつけていなかった。

 三年後、そのログが、私自身を守るために使われることになるとも知らずに。

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